枷
「なんだよこれ」
差し出されたのは、バングルタイプの装身具だった。
「貴様にやる。感謝しろ」
ギギナの手には黒い皮に、銀の留め金で灰色の石の様なものがはまったバングルがある。
手首側に銀のチェーンがあり、反対側にあるあの、あれ、なんだっけ。名前はわからないが丸い金具にひっかけて止めるらしい。
「や、だからなにこれ」
「バングル以外の何かに見えるのか」
「バングルだと思うがもらういわれがない」
ギギナは器用に片眉をあげる。わからないのか?とバカにされているような気がして、というかおそらくバカにされているのだろう、腹がたった。
「そもそもそれ女ものだろう。自分がコンビ組んでる相手の性別も忘れたのか?」
ギギナの手の中にあるバングルはやや華奢で繊細な彫りがほどこされていた。高そうだが男ものには見えない。
「その石はいちおう咒式具だ。演算を助けてくれるらしい、まあ気休め程度だとはおもうが。私はいらない。貴様にやる」
よくよく見てみれば確かに小型の演算機が仕込まれているようだった。だがどちらかと言えば装身具としての価値に重きが置かれているようで、ほんのおまけ程度だ。
ギギナの言うとおり、これをつけたからと言って大した戦力向上にはつながらないだろう。まさしく気休めだ。
そしてギギナには必要ないだろう。というか身に着けられないだろう。見ためはそこらの美女顔負けの美しさだが女ものの装身具が身に着けられるような体格ではない。
ほんと中身がなければ最高なんだけどな。暴れず、食べず、話さないギギナ。部屋に置いておくには最高の飾りだ。少々重いが。
「これどうしたんだよ?」
一応受け取る。もらえるというのならばもらっておいていいだろう。
「先日、ネレト―に新しい法珠をつけただろう」
「あの馬鹿高えやつな。ほんとお前いい加減にしろよ。あの後すぐに討伐に行っちまったから返せなくなったじゃねえか」
「なぜ返す必要がある」
「事務所の財政を理解してらっしゃるのかなギギナさんは」
「それはお前の仕事だ」
聞く耳持たずなドラッケンに深いため息が漏れる。ああ誰でもいいからこいつを殺してくれないかな。
街中で爆散してほしい。
「その法珠を買ったところから送られてきた。サンプル品だそうだ」
「十三階梯の咒式士に送るにはちゃちすぎるだろう」
「攻性咒式士向けではないと書いてあった」
「だろうな。戦闘になったら簡単にちぎれそうだ」
「そこは補強させておいた」
「あっそ。で、なんで俺に渡すの。攻性咒式士じゃない女の咒式士のお知り合いだってたくさんいらっしゃるだろう」
「それを渡して勘違いしなさそうなのがジャベイラしかいない。いちいちラルゴンキンのところに行くのも面倒だろう」
「・・・」
あーほんと腹立つな。まじで今すぐ死なねえかな。瞬時に脳みそが枯れたりしたら面白いのに。
目の前の無駄にきんきらした男の死を真剣に願った。
「軟弱な貴様に女向けはちょうどいいかと」
「誰が軟弱だ」
「ならばはめてみろ。普通男ははめられん。小さすぎるはずだ」
「いや、さすがに俺でも女ものは無理だと思うぞ?」
金がかかってないならば気休め程度でも損か得かでいえば得だ。はめられなければ意味がないが。手慰みにしていたバングルを左手首にあてがう。
うーわー。
「ぴったりではないか」
「うるせーよ」
ほんとにぴったりはまりやがった。え、これほんとに女もの?
「これほんとに女もの?」
「先ほどそういったはずだが。というか最初にそれが女ものだと言いだしたのは貴様だろう」
たしかに太いとかたくましいという形容詞には当てはまらない自覚はあったが、ここまでとは。
自分の細さというか体格の良くないことに軽くへこんでいるとギギナが満面の笑みを向けてきやがった。
え、なに。気持ち悪い。
癪なので外そうとすると外せなかった。一生懸命外そうとする。
「先ほど補強させておいたと言っただろう。簡単には外せないようにしてある」
満面の笑み。
「飼育動物の首輪がわりだ。自覚ができるまではめておけ」
いうだけ言って、ギギナは事務所から出て行ってしまった。
いろいろと聞き捨てならないせりふだったが、それよりも外れないバングルが気になって己の手首に目をやった。
黒、銀、灰。
誰かさんの色合いにそっくりでやっぱり腹が立ったが女もののバングルがはめられてしまった自分にふたたびへこんで何とも言えないいやな気分になったので今日はもう帰ることにする。
こういう時はさっさと寝ちまうに限る。どうせ仕事もきやしないだろう。
手早く書類をまとめて施錠。
どーせ明日も明後日もろくな依頼は来ないんだろう。天から金が降ってこないかな。もしくはギギナが死なないかな。
髪をかき上げた左手の手首でバングルのチェーンがチャリン・・・となった。
十の花束お題のアマリリスと微妙に繋がってる。
最初は腕。たぶん最後がピアス。