時計草/恋の激しい苦しみ
どうしてこんなにも苦しいのか。
理由は簡単、相手が相手だから、だ。
身を引き裂かれるような、と別離の悲しさを言うことがあるけれど、自分がそれを体感することになるなんて思ってもみなかった。
それも相手は長年連れ添った恋人とかではない、他に妥協案がなかったからつるんでいる、つるんでいた相手だ。
たがいに踏み込むことも踏み込ませることもせずに適度な距離を保って生きてきた、はずなのに。
「・・・。」
視線を感じて顔を上げると目があった。
「どうした腐れ錬金術師」
「ああ、心の底からの嬉しさを感じていたところだ。お前が恐れる許嫁と式を挙げるということはおまえの苦しみが増えるということとこれでもうお前の顔を見なくても済むという2点において俺にとって胸のすくような事実だ。お前がいなくなればあの邪魔なモノも片づけられるしな。せいぜい心の底から苦しみながら故郷で頑張ってくれ、なかなか死なずにゆっくりと嫁さんにいたぶられながら長い余生を送ってくれると俺としてはなお嬉しい」
もう戻ってこなくなることを自分で口に出してしまって、より苦しくはち切れそうになった胸の内を隠すようにさわやかな笑顔で言いきると、何とも微妙な顔をされていた。
「それにしては」
「なんだよ」
「苦しそうな顔に見えたが」
見られていたことと、気づかれていたことに舌打ちをしたい気分になった。
ただでさえ苦しくて仕方がないところに、何とも言えない苦いものが混ざってくる。
「とうとう眼すらダメになってきたのか、ぼやけるんじゃなくて事実に反するものが見えているようなら脳が溶解してしまった可能性もあるが。俺一押しの爆破による脳外科施術を受けることをお勧めする。もしくは嫁さんに何とかしてもらえ」
「2週間後には戻ってくる、そうさびしそうな顔をするな」
は?
バタン。
言われた言葉を理解する前に扉が閉まってしまった。なんという体たらく。疲れてるんだろうか俺。
「って、え?」
結婚したら帰ってこなくなるんじゃなかったのか?
「ていうか、寂しそうって誰がだよ」
こぼれた独り言は誰もいない部屋の中で溶けて消えた。