薔薇(蕾)/恋の告白




まだまだ寒い中、異貌のものどもの討伐を終え、サザーランのお小言を聞き流して帰る途中にある道で花屋の軒先に薔薇の花を見つけた。
夕暮れの柔らかな光につやつやと光る蕾。

「おねーさんこれ頂戴」

店じまいをしようとしていた店員を反射的に呼びとめてしまう。
どのぐらい買うかを尋ねられてつい束になってるの全部、とか言ってしまったのは想いのほかかわいかったお姉さんの笑顔のせいか、それとも疲れのせいか。
生花はそれなりのお値段なので正直包んでもらっている間から後悔が襲いかかってきたのだけれど、恋人へのプレゼントですか?という問いについ見栄を張ってしまった。

もう、恋人はいないのだけれど。
ジヴが俺のもとを去り、他の男と連れだって歩いているのを見つけてしまってからもう何年がたっただろうか。
風の便りで白金の髪の美人と実直な職人の結婚を聞いたのはいつのことだったか。

感傷に浸りながら、自宅に戻ろうとするとギギナから通信。
「事務所に来い」

こちらの返事も聞かずに切れてしまった通信にどっと疲れながらも、特に反発する理由もないというか反発するような理由もないのに逆らうような体力がすでにないので事務所に向かう。

「新しい依頼か」
コートフックに少々煤けた長外套を掛けつつ問えば、返ってくるのは静寂のみ。
疑問に思い気配をうかがうが、空気は停滞していて何も感じられなかった。つまりは無人。
「何のつもりだくそドラッケン」
呼び出したのはそっちだろーがとぶつぶつ呟きながらヨルガを放ろうとしてずっと手に持った花に思い至る。
そもそも衝動的に買ったのでどこに飾るかなんて(誰かに渡すという選択肢はない)考えてもいなかった。
たぶんあのまま帰っていれば自宅に飾ることになったのだろうが、考えてみれば男の一人暮らし、花を飾るほど部屋にこだわりがないので花瓶は持っていない。
数が少なければ酒瓶を一本干してそれに飾るなりできただろうが、手元には20を超える薔薇の蕾。
俺何考えてたんだろうな、と手元の薔薇を見つめつつしばし物思いにふけってみる。

なんだかむなしくなってきたのでとりあえず生けることにした。
幸いにして事務所には花瓶がある。花を飾ったりすることなどなかったのでしまいこんであるが。たしか水場の奥の棚にあったはずだ。

仕事明けで正直だるい身体を持ち上げて、花瓶を探しに向かう。
ギギナが入ってきたのは、うっかりと凝り性を発揮して花の位置を整えているときだった。

「・・・・・・何をしている」
「みてわかんねーの」
「花を生けているように見えるが」
「残念なことに大正解。間違えたら目と脳に問題ありでツザンのとこに送り込んでやろうかと思ったのに」
ほとんど脊髄で会話しながら花を入れ変える。
・・・・・・こんなもんか。いいんじゃね?俺ってばてんさーい。

あー疲れてるなあ俺。肉体の疲れは戦闘の、精神の疲れはサザーランの長い永いお小言の名残だ。
「俺疲れたんだけど。早く帰りたいんだけど。何の用」

扉の方にいるらしいギギナに目を向けると、その手には薔薇の花束。
ドラッケンに花をめでるような趣味があったとはついぞ知らなかった。何とはなしに眉根がよる。
「今日は花とともに愛を告げる日だろう」
ずんずんと近寄ってきたギギナが、花束を差し出してくる。
半ば顔が埋もれるぐらいの勢いで差し出された薔薇の香りとその台詞に面食らう。
は、今日、今日は2月の・・・・・・14日?
ああなるほどそういうことかって、いやいやいやいや。は、え?え?
「まさか貴様も用意しているとは思わなかったが。移動式駄眼鏡台にしては殊勝な心がけだな」
勝手なことをほざきながら。

言われたことがまるっきり理解できなくてたぶん俺は相当な間抜けづらだったのだろう。
「返答は」苛立ったような声。
「いや、意味がわからないんだけど・・・何のつもりなわけ」
そう尋ねると、ギギナはああ、なるほどなと言わんばかりに軽くうなづいて。

「やはりこういうものは言葉がともなわないとな」

軽く息を吸って
「私は貴様を愛している」ちょうど討伐の終了が今日だったからな。よくわからない風習ではあるが貴様はこういうのが好きだろう?

しんと静かになった部屋に響いたギギナの声。
言われたことを反芻して反芻して、それでも今ひとつ飲み込めなくて。
いや、意味はわかってるよ、ギギナが俺を好きだと、俺のことを愛していると言っている。

愛している?

ギギナを凝視するとその常ならば彫刻のように美しい首がうっすらと紅を刷いたように赤く染まってきている。その色は耳にまで浸食しているにもかかわらず顔はその顔色も含めていつも通りに涼しかった。
あいつ顔色まで自分で操作できるのか器用だな、いや俺も感情とは裏腹の無表情を保つのには自信があるけどさ。

というか赤?あのギギナが赤い?なぜ?
「お前首筋真赤だけどどうしたわけ?冗句にしては力入れすぎじゃない?」

いつもの様などつき合いが始まることを期待して軽口を投げかけても帰ってきたのは沈黙、そしてこちらをひたと見つめてくるまなざし。
あ、これあれだ。本気のやつだ。
そうかそうか、本気なのか。

正直、悪い気分じゃない。というかたぶんこれはそうだ。そうなんだろう。
さっきからものすごく暑いんだ。具体的には顔のあたりが。
たぶん俺いま顔真っ赤だろうな。頬にやった指先に感じる熱が自分の気持ちを如実に表していた。だから、こたえはこうだ。

「俺も、お前のことが好きだよ」
平然とはなったつもりの言葉はずいぶんと小さくかすれていて、申し訳程度に付け加えた、たぶん、はほとんど聞こえなかった。
ああ、ギギナの顔もついに真っ赤だ。

いい年こいた男二人が顔を赤くしてうす暗く雑然とした事務所で向き合っている状況のこっけいさに笑いがこみ上げる。
しかも二人とも真っ赤な薔薇を(俺のは蕾ばかりだけど)手にして!出来すぎだ!






ああこっぱずかしい。ガユスがポーカーフェイスが得意とか思っているところは笑いどころです。
バレンタインデーがあるのかどうかは知らないけどもー。

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