胡蝶蘭/幸福が飛んでくる
ああもうほんとに、不幸なら売るほどあるのになあ。
飛んできたネレト―をよけながら思う。頸動脈すれっすれ。
「殺す気か!」
「後ろに立つのが悪い」
「明らかに狙ってただろう」
「眼鏡台としての機能性が上がるように持ち運びがしやすいサイズにしてやろうと思ったんだがな」
後ろから飛んできた咒式をよける。
さらに飛んできた蔦を避ける。避けれなかった。足首をとられて転倒。
イーギ―の咒式って敵だと厄介だよな。動きをとめるのには最適。ずるずる引きずられながらそんなことを思う。
蔦の出てきた方角にぶっ放すと蔦の動きは止まった。これがほんとにイ―ギ―だったらおれもう死んでるかもな。こいつよわいなー。
ギギナが蔦を切り飛ばしてついでに咒式士もぶった切って戦闘終了。
ほんとよわいなー。
「あんなものに足をとられるとはな」
「うるさいな、お前と違って俺は繊細なの」
「繊細ではなく軟弱だろう。というか繊細は動きが鈍い言い訳にはならないと思うが」
「あーもーうるさいうるさい。疲れてんだからいちいち揚げ足とってくんな」
「まったくもって軟弱にもほどがある。油断しすぎだろう」
「咒式間に合ったじゃねーか」
「結果論だ。鍛えろ」
エリダナにもどって報告をすませる。サザーランが戻ってくる前に書類提出して終了。
「あーもーまじで疲れた。つーか足痛いんですけど」
「我慢しろ。弾がもったいない」
「あっそ、じゃあ俺しばらく休むからな」
「好きにしろ」
事務所の泣きたくなるような財政状況を考えれば、ほんとは休むべきじゃないだろうけど知らん。今回の報酬がはいるし、どうせしばらく仕事は来ない。
ギギナと別れて自宅に戻る。
ギギナは花街の方に歩いて行った。旺盛な奴め。腐ってもげてしまえ。
「という感じだったんだ。というわけで歩けない。ほんっとうにごめん!」
「・・・いいわ。不規則で危ない仕事なのは理解してるつもり。でも連絡はしてほしかった」
「ごめん、かならず埋め合わせはするよ」
ジヴはふんわりと笑った。ああかわいいなあ。
「いつ?」
「・・・。ごめん」
「出来ない約束はしたらだめよ」
「はい。本当にごめん」
やさしく微笑む彼女は美しい。
若干赤く染まったリンゴを飲み下して彼女を抱きよせるといつもとは違う甘い香りがした。
「香水変えた?」
「いいえ?変えてないわよ」
「じゃあ何のかおりかな。花っぽいけど」
肌の触れ合う距離で交わすなんでもない会話が何かを満たしてくれるような気がした。
「うーん。蘭かしら。今職場にね、すごく立派な蘭があるのよ」
「何かお祝いごと?」
「そう。会長のね、何回目だかわかんない誕生日」
「会長なんかいるんだ」
「先代の社長よ。用もないのによくうろついてる」
「セクハラとかされてない?」
「されないわよ」
「信じられないな、こんな魅力的な人を目の前にして」
「誰もかれもがあなたと同じ思考回路をしているわけじゃないのよ」
耳元で聞こえる彼女の笑い声。
ああ、これが幸せってやつかな。